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千葉地方裁判所 平成7年(ワ)1702号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一三九万九三〇八円及びこれに対する平成五年三月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金二七五万八四五二円及びこれに対する平成五年三月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、カナダでのスキーツアーに参加した原告と被告がスキー場で接触事故を起こし、原告がこれにより傷害を負ったとして、不法行為を理由に、被告に対し、日本に帰国後に生じた治療費や休業損害等の賠償を求めた事案である。

二  前提となる事実(争いがない。)

原告と被告は、平成五年三月二五日から同月三一日までの日程で行われた訴外船橋スキークラブ主催の「船橋スキークラブ三〇周年記念ウィスラースキーとバンクーバー七日間の旅」に参加したが、同月二七日午前一一時ころ、ウィスラースキー場において、原告と被告がスキー滑走中、スキー板が接触して、原告が転倒した(以下、本件事故という。)。

三  原告の主張

1 原告は本件事故により右脛骨骨折の傷害を負い、帰国後、同年四月一日から同年九月四日まで共立習志野台病院に、同年八月一九日から平成六年六月三〇日まで東京厚生年金病院にそれぞれ通院して治療を受けた。

2 本件事故は、被告が原告の後方から、原告の前を横切るように滑走したことにより起きたものである。

スキーでは、上方を滑走する者に、下方にいる人と衝突しないようにスピードやコースを調整すべき義務があるところ、被告は原告の上方から、原告との距離を十分に保持しないまま、原告の進路を横切って本件事故を惹起したもので、被告には安全保持義務違反の過失がある。

3 原告の損害

(一) 治療費 七万六〇二〇円

前記東京厚生年金病院での治療費の自己負担分である。

(二) 通院交通費 一六万三八〇〇円

同病院への通院交通費である。

(三) 休業損害 一四一万八六三二円

原告は本件事故当時満五七歳の主婦であったが、少なくとも本件事故による傷害の治療のために通院した実日数一六二日間は就労できず、平成五年度賃金センサスの女子労働者の学歴計・年齢別平均賃金をもとに右休業日数の休業損害を算出した金額である。

(四) 通院慰謝料 一一〇万円

四  被告の主張

1 本件事故は、原告のスキー板のトップ部分が被告のスキー板のテール部分に接触し、原告が尻もちをつく形で雪上に座り込んだものであって、被告に注意義務違反はなく、原告主張のような傷害も生じていない。

2 原告は本件事故前の平成五年一月二日に訴外横堀胃腸科外科において右膝関節炎の、同月七日に訴外最成病院で右膝関節炎、右膝関節内障の各治療を受けており、損害算定にあたってはこの既往傷害の存在を斟酌すべきである。

五  争点

1 本件事故の態様と被告の過失の有無

2 原告の傷害と損害の内容

第三  判断

一  準拠法について

本件事故はカナダ国内のスキー場で起きたものであるが、本件において原告の主張する損害は、いずれも我が国において現実かつ具体的に生じた損害である。そして、不法行為の準拠法について定める法例一一条一項の「その原因たる事実の発生したる地」には、当該不法行為による損害の発生地も含まれるものと解すべきであり、加えて、本件では原告も被告も、準拠法についての格別の主張をすることなく、我が国の法律によることを当然の前提として、それぞれに事実上及び法律上の主張を展開しており、したがって両者ともに日本法を準拠法として選択する意思であると認められること、法例一一条二項、三項が、外国法が準拠法とされる場合であっても、なお不法行為の成立及び効果に関して日本法による制限を認めていることの趣旨などをも併せ考慮すると、本件には日本法が適用されるものと解するのが相当である。

二  本件事故の態様と過失について

1 《証拠略》によれば、原告はスキー歴一五年、被告は二〇年余で、いずれも中級の技量を有するスキーヤーであること、本件事故は、ウィスラースキー場のブロッコムマウンテンを頂上とする、初級から中級者向けの比較的緩斜面のゲレンデで起きたこと、原告や被告を含むツアー参加者はガイドから昼食のため下方のレストハウスに向かうように指示されて、右ゲレンデを滑り始めたこと、原告は斜滑降で最初は右側に向けて滑って行き、途中で向きを変えるべく一旦停止したこと、そこには原告だけでなく、被告や他のツアー参加者ら五、六人が集るようにして一旦停止したが、原告は被告よりも先に今度は左側に向かって滑り始め、さらに転回して右側に向きを変えたときに、左方から原告の前を横切るように滑ってきた被告のスキー板の後部に、原告の右足のスキー板の前部が接触して、そのあおりで原告は左側に尻もちをつくような形で転倒したこと、一方、被告は先に滑り始めた原告を右斜め前方に見ながら原告の上方を同様に左方向に滑って行き、原告を追い越した後、転回して右方向に滑り始めた直後に、そのスキー板の後部が原告のスキー板に接触してしまったこと、原告及び被告とも、転回するにあたって互に相手を確認しておらず、接触によってはじめて気づいたことがそれぞれ認められる。

2 右の事実によれば、被告は上方で原告を追い越した後、転回して方向を変えようとしたのであるが、原告の滑る位置や方向によっては、これにより下方にいる原告の進路を横切る形になるのであるから、原告の動静に注意して、原告との接触や衝突のおそれのないことを確認して転回すべき注意義務があるものと解され、被告にはこれを怠った過失があるというべきである。

しかしながら、原告にも、転回してその滑降の方向を変えるにあたっては、周囲を滑降している人の動静に注意して、安全を確かめてから転回を開始すべき注意義務があるのに、これを怠った過失のあることが認められるのであって、損害負担の公平を図るうえからは、この原告の過失も考慮すベきであり、原告、被告双方の過失の内容、ことに一般的には上方から滑降してくる者に接触や衝突回避のための第一次的な注意義務があると解されることなど諸般の事情を勘案すると、両者の過失割合は原告が二〇パーセント、被告が八〇パーセントと認めるのが相当である。

三  原告の傷害について

1 《証拠略》によれば、原告は本件事故により右脛骨高原骨折の傷害を負ったこと、そしてその治療のために平成五年四月一日から同年九月四日まで共立習志野台病院に、同年八月一九日から平成六年六月三〇日まで東京厚生年金病院にそれぞれ通院して治療を受け、右同日に症状固定と診断されたことが認められる。

被告は、原告が受傷の部位にギブスを施していないうえ、本件事故の二日後にホテルのプールで泳いでいたこと、帰国後も平成五年四月一五日には医師から水泳を許可され、同年五月一〇日には八キロメートルを歩いていることに加えて、前記共立習志野台病院や東京厚生年金病院でのレントゲン写真には明確な骨折所見がないとして、原告の右脛骨骨折の事実を争うのであるが、事故の二日後の水泳は上体の力だけによるものであって、右認定と矛盾するものではなく、他の点も前掲の各証拠、ことに甲一七号証に照らして、右認定判断を左右するものではない。

また被告は、既往傷害の存在を含め、原告の前記傷害と本件事故との因果関係をも争うが、この点でも前記認定を左右するに足る証拠はない。

四  原告の損害

1 治療費 七万六〇二〇円

《証拠略》によれば、原告は前記傷害に対する治療費として東京厚生年金病院に対し七万六〇二〇円を支払ったことが認められる。

2 通院交通費 一六万三八〇〇円

《証拠略》によれば、右病院への通院費用として少なくとも原告の主張する一六万三八〇〇円を要したことが認められる。

3 休業損害 七〇万九三一五円

《証拠略》によれば、原告は主婦として家事に従事していたが、本件傷害のために少なくとも原告の主張する一六二日間は前記各病院に通院して治療を受け、その間通院に要した時間は家事に従事できなかったこと、右通院に要した時間はいずれもほぼ半日程度であったこと、また前述のとおり平成五年四月一五日には医師から水泳を許可され、同年五月一〇日には八キロメートルを歩くことができた状態で、東京厚生年金病院での治療も運動療法のリハビリテーションが主体であったことなどが認められ、これによれば、通院実日数について五〇パーセントの休業損害を認めるのが相当と判断する。

そして、賃金センサス平成五年第一巻第一表の女子労働者・企業規模計・学歴計・年齢別(五五歳から五九歳)の平均年収額三一九万六三〇〇円を基礎にこれを計算すると、七〇万九三一五円となる。

4 慰謝料 八〇万円

本件事故の態様、傷害の内容、程度、その後の通院治療の経過などの諸事情を考慮すると、慰謝料は八〇万円が相当である。

5 過失相殺

以上の損害合計は一七四万九一三五円であるが、前記の過失割合による過失相殺をすると、被告に対して請求しうる金額はその八〇パーセントの一三九万九三〇八円となる。

五  よって、原告の請求は、右金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 西島幸夫)

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